レールを少し外れる勇気
昨日、月がきれいに見えたけど
古いスマホやとこれが限界‥(苦笑)
実際に目で見えた月、きれいやったな◎
**
何の話の流れでその話題になったのかは
ちょっと忘れたけど、非DV親が
「別に子どもを親の所有物とまでは
思わないけど、でもこうなってほしいとか
希望はもちろんあるよねー」と
あたかもそれが当たり前かのような
言い方をしてて、やっぱりずっとそれが
基準で僕を見てきたんやなぁと思った。
勉強に関してもかなり高い水準を
求められてきたと僕は思ってるし、
勉強以外でも、僕は非DV親とは性格が
大きく違うから親のコピーみたいな人間には
求められたとしてもなれなかったけど
「親がいいと思うものはラケもいいと思え」
「親が嫌いなものにはラケも一切近づくな」
という空気は物心ついた時からずっとあった。
僕にとっては窮屈やったけど、
それは非DV親にとっては当然なんやなぁ。
「だって当たり前やん?
自分が一生懸命育てて
こうなってほしいと希望を持つんは
人間として当然やん」
というようなことも言ってたし、
うーん‥
たとえ子どもがこうなりたいという道があっても
それが親から見て魅力的な生き方でなければ
真っ向から反対してやめさせて当たり前
という考えの人が親というのは大変やなと感じる。
ちなみに、DV親は世間体が守られれば
僕がどう思おうが何を考えようが
表面さえ外から見て問題もなく自慢になるなら
それで全てOKな人やから
非DV親とみたいにこういう話にすらならない。
(というか全て話の流れが
自分中心に自分の思い通りにならないと
暴言吐いて暴れる人やから
まともに会話が成り立たないし
自分の気持ちを言える状況にない)
あの人は家族を利用してるだけで
大事に思ってないから。
でも、非DV親は僕を確かに育ててくれて
DV親の分まで頑張ってくれたのには
本当に感謝してるけど、
本当に僕のことを考えてくれるなら
僕が人生を幸せに感じて生きるのが
一番の望みとは思ってくれないんかな?
こういうことを考え出すと
答えも出ない上に虚しくなってくるから
僕が努力してどうにかできる範囲外のことやし
まぁ考えるのはやめて
自分がどうにかできる範囲内に
フォーカスして生きていこう。
「〇〇県に出かけて(そこの名産物の)
ジュース飲んだらすごくおいしかったんだー」
「趣味の用事で出かけたのに、時間あったから
観光地回ってこれまるで遠足だよね(笑)」
とか、僕より年上の人たちが楽しそうに
言ってるのを見聞きする度に
大人でもそうやって楽しんでいいし
人の迷惑にならなければ
子どもみたいにはしゃいだっていいんよなと
いつも思う。
僕は、もう自分の記憶がある頃には
親が怒らないように
親の機嫌が悪くならないように振る舞わないと!
って、家にいても全然くつろげなかったし、
自分の喜怒哀楽を表したことも
家ではほとんどなかった気がする。
幼稚園や学校でも、“喜”と“楽”は
沢山表現する子やったけど、
それ以外の感情は心の奥に投げつけて
抑え込んで隠し通して生きてきた。
僕にとってはそれがずっと日常で
親の都合で色んな地域に住んでも
それが変わることはなかったし、
必要最低限生活に必要なコミュニケーションを
取る以外は、ただ親が言うことに適当に
相槌を打ってその場を何とか切り抜けてきた。
たまに、あまりにもおかしなことを言われて
冷静に正論を言葉にすると
すぐDV親の怒りは暴力に変換されたから、
この家はそういう家なんやな、
大人になったら自分の気持ちをちゃんと
周りに伝えられる環境で生きていこう
ってずっと思ってた。
心の病気になってしまって、
それもなかなか昔思ってたようには
いかなくなってしまったけど‥。
ずっと自分を抑えて生きてきた僕にとっては、
どこに行きたいとか何をしたいとか
何を食べたいとか希望を言葉に出したり
楽しい時にそれを思いきり表現したり
おかしいなと思った時にはそれを伝えたり
そういうのが夢のように感じられてくる。
よく、ある程度の年齢になった人が
「もう〇歳やから今更そういうことは‥」
とか言ってるのを聞いたりするけど
(そして実際には年齢は関係ないと思うけど)
僕の場合はもう2歳くらいから
親に気を遣って言いたいことも言えず
生き抜くためにロボットみたいに暮らしてきて、
大人になって初めて自分には
まともに子ども時代がなかったことに気づく。
今からあれこれ思っても
子ども時代には戻れないし
無駄なことかもしれないんやけど、
実生活ではこういう話をできる場所自体ないから
こうして自分の本音を整理して
打ち明けたり残したりできる場所があるのが
まず有り難いと思う(:_;)
**
自室は相変わらずの暑さ。
今の時期やと35℃くらいかな?
寝る時はまだ自室ではない
クーラーの風が来る所で寝てるけど、
それ以外の時間に自室に数分でも戻れた時に
観葉植物に水をやったりしてる。
前に、心の病気になった人の家族が書いた本を
読んでた時に「心の病気になった人は
自分が生きていく意味が欲しくて
自分が面倒を見ないといけない存在を
必要としたりする」という内容が書いてあった。
例えばメダカとか金魚とか
そういうものを飼いたいと
心の病気になる前より思ったりするらしい。
魚もそうやし、観葉植物もそうやけど
生き物には命があるから
ちゃんと世話をし続けられる目処が立ってないと
飼うのは難しいと思う。
でも、観葉植物に水をやりながら
「植物の世話をしないといけない」というのは
自分が今生きてる上での意味というか
「これをしないといけないから
この世から消えるわけにはいかないんや」
という理由というか使命というか
そういうのは確かに感じる。
あと、僕にはいくつか宝物があって
僕がもし消えてしまったら
自分の手元に持ち続けることができなくなる
それが絶対に嫌で
頑張って生き続けてるのもある。
心の病気になる前の僕が
もし誰かがこんな話してるのを聞いたら
「いや、もうちょっと前向きに生きろよ‥」
なんて思ってしまったりしてたんかも。
心の病気になったら
一日を生き抜くっていうのがやっとになって
そこに全エネルギーを使うことになるなんて
昔の僕は知らなかったと思う。
**
明日から4連続で早朝の仕事と
夕方からのハードな仕事がある。。
でも、その分DV親と顔を合わせる時間は
その仕事たちがない日よりは少ない。
一日何もせずに休める日が全くないのは
今の僕の体調面を考えてもかなり
無謀なことやとは自分でも分かってるけど、
生活上仕方ないから頑張るしかない。
時間を気にせずゆっくり寝たり
体調があんまり良くない時は
色んなことに追われずのんびりしたい。
なんて夢のまた夢みたいな話やけど、
言うだけなら自由やから(苦笑)
古いスマホやとこれが限界‥(苦笑)
実際に目で見えた月、きれいやったな◎
**
何の話の流れでその話題になったのかは
ちょっと忘れたけど、非DV親が
「別に子どもを親の所有物とまでは
思わないけど、でもこうなってほしいとか
希望はもちろんあるよねー」と
あたかもそれが当たり前かのような
言い方をしてて、やっぱりずっとそれが
基準で僕を見てきたんやなぁと思った。
勉強に関してもかなり高い水準を
求められてきたと僕は思ってるし、
勉強以外でも、僕は非DV親とは性格が
大きく違うから親のコピーみたいな人間には
求められたとしてもなれなかったけど
「親がいいと思うものはラケもいいと思え」
「親が嫌いなものにはラケも一切近づくな」
という空気は物心ついた時からずっとあった。
僕にとっては窮屈やったけど、
それは非DV親にとっては当然なんやなぁ。
「だって当たり前やん?
自分が一生懸命育てて
こうなってほしいと希望を持つんは
人間として当然やん」
というようなことも言ってたし、
うーん‥
たとえ子どもがこうなりたいという道があっても
それが親から見て魅力的な生き方でなければ
真っ向から反対してやめさせて当たり前
という考えの人が親というのは大変やなと感じる。
ちなみに、DV親は世間体が守られれば
僕がどう思おうが何を考えようが
表面さえ外から見て問題もなく自慢になるなら
それで全てOKな人やから
非DV親とみたいにこういう話にすらならない。
(というか全て話の流れが
自分中心に自分の思い通りにならないと
暴言吐いて暴れる人やから
まともに会話が成り立たないし
自分の気持ちを言える状況にない)
あの人は家族を利用してるだけで
大事に思ってないから。
でも、非DV親は僕を確かに育ててくれて
DV親の分まで頑張ってくれたのには
本当に感謝してるけど、
本当に僕のことを考えてくれるなら
僕が人生を幸せに感じて生きるのが
一番の望みとは思ってくれないんかな?
こういうことを考え出すと
答えも出ない上に虚しくなってくるから
僕が努力してどうにかできる範囲外のことやし
まぁ考えるのはやめて
自分がどうにかできる範囲内に
フォーカスして生きていこう。
「〇〇県に出かけて(そこの名産物の)
ジュース飲んだらすごくおいしかったんだー」
「趣味の用事で出かけたのに、時間あったから
観光地回ってこれまるで遠足だよね(笑)」
とか、僕より年上の人たちが楽しそうに
言ってるのを見聞きする度に
大人でもそうやって楽しんでいいし
人の迷惑にならなければ
子どもみたいにはしゃいだっていいんよなと
いつも思う。
僕は、もう自分の記憶がある頃には
親が怒らないように
親の機嫌が悪くならないように振る舞わないと!
って、家にいても全然くつろげなかったし、
自分の喜怒哀楽を表したことも
家ではほとんどなかった気がする。
幼稚園や学校でも、“喜”と“楽”は
沢山表現する子やったけど、
それ以外の感情は心の奥に投げつけて
抑え込んで隠し通して生きてきた。
僕にとってはそれがずっと日常で
親の都合で色んな地域に住んでも
それが変わることはなかったし、
必要最低限生活に必要なコミュニケーションを
取る以外は、ただ親が言うことに適当に
相槌を打ってその場を何とか切り抜けてきた。
たまに、あまりにもおかしなことを言われて
冷静に正論を言葉にすると
すぐDV親の怒りは暴力に変換されたから、
この家はそういう家なんやな、
大人になったら自分の気持ちをちゃんと
周りに伝えられる環境で生きていこう
ってずっと思ってた。
心の病気になってしまって、
それもなかなか昔思ってたようには
いかなくなってしまったけど‥。
ずっと自分を抑えて生きてきた僕にとっては、
どこに行きたいとか何をしたいとか
何を食べたいとか希望を言葉に出したり
楽しい時にそれを思いきり表現したり
おかしいなと思った時にはそれを伝えたり
そういうのが夢のように感じられてくる。
よく、ある程度の年齢になった人が
「もう〇歳やから今更そういうことは‥」
とか言ってるのを聞いたりするけど
(そして実際には年齢は関係ないと思うけど)
僕の場合はもう2歳くらいから
親に気を遣って言いたいことも言えず
生き抜くためにロボットみたいに暮らしてきて、
大人になって初めて自分には
まともに子ども時代がなかったことに気づく。
今からあれこれ思っても
子ども時代には戻れないし
無駄なことかもしれないんやけど、
実生活ではこういう話をできる場所自体ないから
こうして自分の本音を整理して
打ち明けたり残したりできる場所があるのが
まず有り難いと思う(:_;)
**
自室は相変わらずの暑さ。
今の時期やと35℃くらいかな?
寝る時はまだ自室ではない
クーラーの風が来る所で寝てるけど、
それ以外の時間に自室に数分でも戻れた時に
観葉植物に水をやったりしてる。
前に、心の病気になった人の家族が書いた本を
読んでた時に「心の病気になった人は
自分が生きていく意味が欲しくて
自分が面倒を見ないといけない存在を
必要としたりする」という内容が書いてあった。
例えばメダカとか金魚とか
そういうものを飼いたいと
心の病気になる前より思ったりするらしい。
魚もそうやし、観葉植物もそうやけど
生き物には命があるから
ちゃんと世話をし続けられる目処が立ってないと
飼うのは難しいと思う。
でも、観葉植物に水をやりながら
「植物の世話をしないといけない」というのは
自分が今生きてる上での意味というか
「これをしないといけないから
この世から消えるわけにはいかないんや」
という理由というか使命というか
そういうのは確かに感じる。
あと、僕にはいくつか宝物があって
僕がもし消えてしまったら
自分の手元に持ち続けることができなくなる
それが絶対に嫌で
頑張って生き続けてるのもある。
心の病気になる前の僕が
もし誰かがこんな話してるのを聞いたら
「いや、もうちょっと前向きに生きろよ‥」
なんて思ってしまったりしてたんかも。
心の病気になったら
一日を生き抜くっていうのがやっとになって
そこに全エネルギーを使うことになるなんて
昔の僕は知らなかったと思う。
**
明日から4連続で早朝の仕事と
夕方からのハードな仕事がある。。
でも、その分DV親と顔を合わせる時間は
その仕事たちがない日よりは少ない。
一日何もせずに休める日が全くないのは
今の僕の体調面を考えてもかなり
無謀なことやとは自分でも分かってるけど、
生活上仕方ないから頑張るしかない。
時間を気にせずゆっくり寝たり
体調があんまり良くない時は
色んなことに追われずのんびりしたい。
なんて夢のまた夢みたいな話やけど、
言うだけなら自由やから(苦笑)
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